おかげさまでニカさんのコロナは、自宅療養で5日間寝たきり生活の後、2〜3日は違和感が残ったようでしたが、今ではすっかり元の生活に戻ることができました。
私の方は感染にはそこそこの注意を払いつつ、それほど厳しい感染対策もせずに、危険な時期を終えることができたようです。
17日(水)に抗原キットで検査したところ、私は完全にセーフ。
ニカさんも発症から13日経過したので、もう普通の生活を送って問題なさそうです。
ここで少々モヤモヤが残ります。
感染力が強いとされているコロナに私が感染しなかったということは…。
もしかして、ニカさんが感染する1週間前の私の風邪は、もしかしてコロナだった???
私の場合、熱は36.9度くらいがピーク。喉は唾を飲み込みのも痛い感じ。
7月2日(火)は丸1日爆睡して過ごしましたが、翌日からは掃除したり、旅行の準備をしたりとキツイながらも身体を動かして過ごしています。
寝込んだ翌日に抗原キットで検査したら、Tのところ(ここがハッキリ見えたら陽性)に見えるかどうかの薄い跡が見えましたが、多分偽陽性だよね、と勝手に判断していました。
5日(金)からの小布施・善光寺の旅に行く気満々の気力が、コロナに勝ったのでしょうか。
今となっては7対3くらいの確率であれはコロナだったかも…、と疑っています。
コロナだったとしたら、感染したのは福生のJAZZバーかなぁ。
コロナ11波の感染拡大がニュースになっていますが、私たち二人とも病院にも行かず、公にはカウントされていません。
そんな人が周りにもチラホラ。
実態は想定以上の感染状況ではないかと、空恐ろしい気がします。
昨日(土)は、4月に亡くなられたO先輩の奥様を迎えて「Oさんを偲ぶ会」が開かれました。
仕事には前向きで、話題が豊富で、誠実で、多くの部下から慕われる頼もしい先輩でした。
私たちが会社を辞めてからも色々と気にかけてくださり、年に何度かお会いして、楽しい時間を過ごして来ました。
健康には気を使い、年に一度の人間ドックも欠かさず、病巣が見つかった時は手術で十分回復すると言われていたのに、手術まで2ヶ月待たされた間に悪化して手術ができない状況になってしまったのはあまりに悔やまれます。
この日は、Oさんのと懐かしい思いで話や、どんなに後輩達に慕われていたか、素晴らしいお仕事をされたか、というようなお話を、思い出の写真と共に奥様にお伝えしました。
家庭内とはまた少し違うOさんの姿を、奥様には喜んでいただけたと思います。
奥様からは、Oさんはいつも「自分は周りの人に恵まれただけだ」と言われていたと。
そして「十分にやりたいことができた悔いのない人生だった」と言われたとお話しいただきました。
人間関係に恵まれたと思えること。そして心から人生に悔いはないと思えること。
それが揃えば、本当に良い人生だった思えます。
奥様をお見送りした後は、近くのファミレスにて、気の置けない元同僚同士、暗くなるまでたっぷりと悔いのない時間を過ごしたのでした。
この日は、Oさんも側で見ていて一緒に楽しんでくれたような気がしています。
コメント
あ~~ 薄っすらでも出たら、それ間違いなくコロナだよ。
ウィルスの数が少ないと濃く出ないからね。きっと軽くかかってたんだわ。
オスカネが調べてくっきり+が出た時、私も調べたら、もう治りかけでウィルスも
少なくなっていて線が薄かったよ。
でも何事もなくて良かったわ、 咳も大丈夫?
ウチらは、私もオスカネもいつもの慢性疾患の薬をもらったついでに、咳止めや去痰剤をもらった時に、多分コロナ後遺症ってカルテに書いたと思うから2人分カウントされたと思うわ。
土曜日は奥様をお慰めできて良かったね。
それでも土曜日は暑かったし、お酒もあるだろうから車もダメで出かけるの大変だったでしょう。
今度は熱中症にも気をつけようね。
>カネゴン
そうなの〜!?..(@。 @
抗体キットの検査結果は、本当にうっすら跡のようなものだったんだけど…、
やっぱり軽〜〜いコロナだったのかなぁ。
そのおかげで抗体ができたのならば結果は良かったんだけど。
おかげさまで後遺症もなく、今はもう二人とも普通の体調で過ごしているよ。
それよりも、この連日の猛暑の方がきついよね。
昨日は、奥様も気さくな方で、喜んでいただけで、Oさんに恩返しができた感じだよ。
お店は小作のピエモンテ。
行きは小作駅行きのバスがなくて、河辺までバスで行って、そこから電車で行こうと思ったけど
あまりの暑さにタクシー呼んじゃった。
帰りは土砂降りになったけど、少し小降りになったところで、バスで帰って来たよ。
猛暑の方が土砂降りよりキツイわね。
第5類に分類されインフルと同じといわれても、やはり重症化が怖くてスーパーなどではマスクしています。
美子さんの「旅に行く気満々の気力が、コロナに勝った!」というのが美子さんらしいですね。福生のジャズバーで感染したというのもオシャレ。
Oさんの奥さん初めて拝見します。人間死んで何が一番怖いかって、自分の事を忘れ去られてしまうことらしいです。お盆の時期にかっての夫を知る部下たちに思い出話をしてもらうなんて人徳です。
>アトムさん
幸いウチの場合は大事に至らずに済みましたが
後遺症のことまで考えると罹患しないに越したことないですよね。
マスクに手洗い生活、まだまだ継続して頑張りましょう。
旅に行くまでに治そうと必死でしたから、コロナも中途半端で退散してくれたのかな。
ニカさんが罹患したのは、旅の後。
Oさんを偲ぶ会の前にコロナは全快。
本当に都合良くセーフでした。
Oさんの奥様は、シャキシャキした気持ち良い方でした。
Oさんは怒ったことがないそうで、仲の良いご夫婦だったようです。
皆がまだOさんが亡くなってしまったことを信じられない気持ちでいます。
へえ〜、そんなことがあったんだね。
それはモヤモヤが残るわね。
でももう終わったことだし、ニカさんも回復したのだからよしとしようぜ。
でももしそうだとしたら、すごい軽いコロナだったんだなぁ。
うちは2年前の8月31日だったなぁ。
まだまだ驚かれる頃で肩身の狭い思いをしたなぁ。
しかし濃厚接触者で10日くらい休めたし、息子は保険金も下りたしね。
それからすぐに保険金は下りなくなったよ。
偲ぶ会。
奥様も喜んでくれただろうね。
これからそんな会の機会も増えていくんだろうね。
>ナオチャ
そうだな、全てが丸く収まり、私は軽症で済んでラッキーだったと思う事にしよう。
2年前、田舎でのコロナ罹患は、下手すれば村八分だから大変だったね。
コロナ感染が始まってもう5年目なんだ。
当初より少しはマシになっているかもだけど、
人類はコロナのトンネルを抜ける事ができるのかなぁ?
夫の後輩達から、夫の素晴らしさや楽しい思い出話しを聞くのは嬉しい事だよね。
喜んでいただけて良かったよ。
亡くなられた時はショックだったけど、今回の会で一つの区切りができた気がするよ。